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菊池ごはん

2013年2月4日開設。 旅行記がわり、菊池や菊池一族についての備忘録。

   
カテゴリー「今日の菊池」の記事一覧

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菊池一族ウォークラリー

 三月に始まった菊池一族ウォークラリー、いつチャレンジするか決めかねていたある日、所用で訪れた大牟田が好天、しかもまだ桜が咲いている。これは菊池もきっとまだ桜が咲いているに違いない。ならばウォークラリーとセットで桜観賞を…、ということで、次の用事までの時間を計算したところ、今から菊池に行っても3時間滞在できる事がわかったので、勢いで菊池へ向かうことにしました。
 昨年その前も桜の菊池を訪れたのは4月1日や2日。今回は4月12日でしたが、桜は散りかけていたものの、ちゃんと楽しむことができました。
 タイムリミットは3時間でしたが、いずれも訪れたことがある場所なので、まぁ時間内にいけるだろうと巡る順番を決定。スタートは延寿屋敷跡です。以下、訪れた順にご紹介します。


 そして西福寺へ。隣の神社の桜が彩る西福寺は初めてでした。良いですね。赤星有隆公も元気です。


 隣の八幡宮にもお詣りして、南福寺へ。

 桜の南福寺も初めて。菊池五山の中で最も寂れている印象がある南福寺ですが、桜があると立派に見え…ます。

 次に菊池則隆公墓、菊之池をセットで。


 大琳寺は桜のおかげで印象が変わりました。

 摂社の五社宮の前に桜が咲いていました。

 光善寺にある菊池持朝公墓は、Googleマップが意地でも掲載を認めてくれません…。桜もありません…。


 武重公墓能運公墓へと向かいましたが、能運公墓はなぜかQRコードが読み取れませんでした。
 昨年の方が、晴れていて良かったです。

 熊本地震後初めて訪れた東福寺ではショッキングなことが…。
 墓碑群が、寂正墓を除いて倒壊していました。武村墓もアウトです。熊本地震の影響でしょう。しかし、1年経っても放置とは…。寂正墓だけ無事なのは、正三位パワーでしょうか。

 気を取り直して正観寺へ。
 わかっていましたが、こちらはみっくん含め、ご覧の通りみな無事です。

 菊池神社のみならず、武時公像もラリーの対象です。
 しかしここに来て、武房公城山神社をスルーすることはできんでしょう。こっちももう少し参拝者が増えて欲しい。
 
 墨染めの桜もご覧の通りでした。

 雲上宮まで歩き、そのまま菊池公園の頼山陽の碑へ。
 桜の時期の二の丸には初めて来たのですが、ここの桜は見事ですね。平日にも拘わらず、結構な人出でした。

 夢美術館と、物産館内の武光公像のQRコードをゲットして(写真は省略)、孔子堂跡、将軍木、松囃子能舞台、わいふ一番館を一気に巡ります。


 そして玉祥寺北福寺。しかしここでアクシデント、写真を撮ろうとしたら、手に虫らしきものが付着しているの驚いて、反射的に手を振った時に、デジカメがホームランで用水路へ。あえなく破損してしまいました。
 ともかく、スマホで撮影。北福寺は桜が綺麗でした。


 これで終了。菊池延寿展、わいふ一番館の展示を含めて2時間半でした。

 ウォークラリーでゲットしたグッズの一部がこちら。
 大変素晴らしいグッズです。是非商品化して欲しい。それぞれ10コぐらい購入するのに(手ぬぐいは延寿展で購入)。
 ともあれ、企画していただいた関係者の皆様に感謝です。
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2016年 菊池の桜

 桜の季節になりました。桜と言えば、昨年も菊池に花見に行きましたが生憎の曇天。それ以降は7月末に訪れたのみ。
 せめて桜の季節ぐらいはどうにか菊池へということで、週間天気予報をこまめにチェックし、晴天はここしかないと4/1,2に菊池に行ってきました。
 1日は午後から晴れの予報も、現地は曇りでした。この日はあまりうろちょろせず、素直に菊池市民広場と菊池神社のみで終了です。

※せっかくの桜ですので、今回は写真をクリックすると、少し大きい写真が表示されるようにしました。
※各史跡の詳細はリンク先にて。
菊池神社の参道
 金曜日の昼ということもあってか、ブルーシートを広げた花見客はいませんでした。

大円寺から枝分けされた墨染めの桜

 菊池武士公ゆかりですね。

・摂社城山神社

 この邪魔なテントはいかんだろう…。どなたが祀られていると心得る。

・神社からみた市民広場

 やはり、これに勝るふるさと創生一億円の有効利用はありませんね(たぶん)。

菊池武光像の軍配には…。
 お客さんがいました。

 夕食後には夜の市民広場へ。
 夜の武光公像もまた見事です。撮影の腕が上がったのか、今回の写真は壁紙によさそう。

 翌2日は晴れの予報なので、早起きして史跡巡りと5時過ぎに起床したのですが、外は真っ白。6時になっても晴れません。

・宿前の菊池能運公墓


 では高地へと言うことで、隈部氏館に車を走らせました。なかなかモヤが晴れませんでしたが、さすがに隈部氏館は雲海の上でした。
 宿に戻り朝食をとってもまだ菊池市街地はモヤの中。フロントの方曰く、「今日は特にひどい」とのこと。しかしチェックアウト時にようやく太陽が出てきました。

・今度は晴天の能運公墓
 ということで、ゆっくり晴+桜の史跡巡りの開始です。

 まずは宿背後の正観寺

 境内の菊池武光公墓

 午前中は順光です。

 再度菊池神社の参道へ。

 晴天だと桜も映えます。

 晴天の土曜日ということもあり、車も人も混雑してきたので、人のいないであろう城林城(木庭城)へ向かいました。言わずと知れた菊池十八外城の一つですね。
 主郭の桜は散り始めでした。
 そこからの眺めもそこそこで、東福寺(後方桜付近)と武重公墓(前方大きな木の下)が見えます。

 手前の武重公墓は、東福寺歓喜院跡です。

 城林城の内堀とされるのがこちら。


 その菊池武重公墓へ。桜の武重公墓は何度か訪れたことがありますが、日陰になっていない桜とのセットは今回が初めてです。


 他に「菊池一族と桜」で、相良寺を思い出しました。相良寺への道中にも桜が咲く菊鹿町の鷹取城染土城ではない方)があるので、まずは鷹取城へ。

 桜は結構散っていたので、堀切の写真をば。

 そして相良寺へ。武光公と懐良親王はもちろん、菊池隆直公とも縁のあるお寺です。


 そしてあっさりと帰途につきました。
 戦利品はこちら。
 

 桜の写真がそこそこ撮れたので、ホームページの写真もいずれそれに入れ替えようと思います。

 次回は…脱線しまくっているので、もはや何を書くかわかりません。

菊池武光シンポジウム

 3月23日、菊池武光シンポジウムの前に、菊池をウロウロしてきました。

 まずはなんとなく台城に行き、倉庫として使われたと言われる横穴群を見てきました。

 桜には少し早かった…。

 続いて東へふらふらさまよい、菊池兼朝公墓菊池隆定公墓をお詣り。

 桜には少し早かった兼朝公墓。

 兄弟と並ぶ隆定公。

 その流れで神尾城

 阿蘇三社宮は持朝公の建立。 

 その後は菊池神社城山神社にお詣りし、なんとなく空堀をウロウロしました。


 まだ時間があったので、これまた何となく城林城に行こうかと思いましたが、運転に怖じ気づいて素通りして東山公園へ。

 桜にはまだ早かった…。なお、古戦場に関する新たな看板が追加されていましたが、旧来の看板の内容に特に訂正はありませんでした。

 その後はなぜかジョイフルで食事を済ませてシンポジウム会場へ。13時開場の13:30開始なのですが、既に13時前に駐車場は結構な混雑でした。入り口でクリアファイル入りの資料をもらいましたが、どうも予想以上の来場者数でクリアファイルは品切れになったとのこと。来場者は圧倒的に年配者が多く、ほぼ一般市民でしょう。

 でもって、肝心のシンポジウムの内容ですが、率直に言って期待外れでした。
 服部先生の基調講演は面白かったです。菊池氏のルーツを簡単に説明し、さらに蒙古襲来絵詞を使ったユニークな説明や、大原合戦を資料を使って説明しているので、一般市民もいくらかは興味も持てたと思います。
 その後の3名のパネラーですが、工藤先生の内容は資料がない上に聞き取りづらい(今、内容を思い出すことができません)、猪飼先生の内容は戦前の菊池氏がどう顕彰されていたかというお話、貴田氏の内容は水運を用いた太宰府天満宮領のネットワーク、野焼きから武士団の営みを解き明かそうという内容。
 学会発表ならば良かったのでしょうが、市民向けの、かつ【菊池武光】シンポジウムとはかけ離れた内容でした(とってつけたような「日本史を動かした肥後武士団の実像とは」というサブタイトルもありましたが)。正直に言うと、ディスカッションが始まって少しして退場してしまいましたので、その後面白い話があった可能性もあります。
 ここであれこれ言っているだけではなく、ちゃんとアンケートには実名で同じ感想を書いてきました。「せっかくやってくれたのだから」と何でも「良かった」と答えがちなのは日本人の悪いところ。より充実したものにするためには、感じたことを率直に言わなければなりません。
 次回があるのならば、大学教員・研究員に拘らず、堤克彦氏や阿蘇品保夫氏を登用して欲しいなと思います。

相良のトビカズラ~相良寺~菊池神社と軽くドライブ

 久々に菊池へ行ってきました。
 昨年11月17,18日のほの宵まつり以来ですので、半年近くぶりという不忠者です。ここ5年以上、月平均2度は訪れていた菊池…、おそらく一番のブランクではないでしょうか。

 そんな久しぶりの菊池でしたが、今回はのんびりとドライブしました。お目当ては山鹿市菊鹿町の相良のトビカズラです。開花しているという情報を得て訪れました。


 ここから北には吾平山相良寺があるのですが、菊池隆直公の時代に緒方惟栄によって焼かれてしまいました。その時、観音様はこのカズラに飛び移って難を逃れたとか、カズラのツタに馬の足を絡ませ敵を落馬させた等の伝承が残っていることから、「トビカズラ」と呼ばれるようになったようです。

 ついでですので相良寺にも行ってきました。

 トビカズラ効果もあってか、平日なのにそこそこの人出でした。桜も奇麗な相良寺は菊池一族と縁が深いのですが、詳しくは次回にでもご紹介します。

 その後は菊池神社に移動していたのですが、どうしてもマンホールが気になりましたので途中で車を駐めて見ることにしました。

 菊鹿町のマンホールは鞠智城でした。これは不覚にも今まで気がつきませんでした。

 さて、菊池神社はいつも通りでした。菊池神社と城山神社にお詣りです。

 武時公も相変わらず元気に馬を乗り回していらっしゃいました。

 神社の絵馬を見ていると…

 この神社に祀られている方々が、こんなお願いをすんなり叶えてくれるとはとても思えないのですが…。
 なお、昨年私は「菊池一族が大河ドラマ化されますように。もしくはドラマに登場しますように」と書きました。叶えられなかったので今年はやめておきました(西郷隆盛が八重の桜に出ていますが…)。

 麓のみっくんも相変わらずです。

 今日は天気が今ひとつなので、あまり良い写真はとれませんでした。

 それはそうと、物産館はツバメの季節で、みっくん像の周囲を親鳥が元気に飛び回っています。

 6月ぐらいまでは子ツバメさんを見ることができるでしょう。

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